選ぶならアフターケアとメンテナンスが優良の産業用太陽光発電業者


選ぶならアフターケアとメンテナンスが優良の産業用太陽光発電業者ブログ:16/7/12


わたくしは、農家の三女として生まれた。
父母はさぞかし男の子を期待していたことだろう。

農家の嫁でありながら、男の子を産めなかった母親。
わたくしが、もし男だったなら、
母親にはもう少し明るい人生があったかもしれない…

物心ついた頃から、わたくしは祖母のそばにいた。
祖母はいつも母親の悪口を言っていた。
幼い頃から聞かされていたので、わたくしも母親がきらいだった。
汚い、臭い、気がきかない…そういった言葉だった。

わたくしが小学生の時、学校からの帰り道、
今にも雨が降り出しそうな午後だった。

遠くに人影が見えた時、嫌な予感がした。
だんだん近づいて来る…
やはり母親だった。

「わあい、お母さんだ」
喜んでかけ寄り、かさを受け取る…
それが普通の息子の姿だろう。

「はい、かさ!」
わたくしは、無言で母親からかさを受け取った。

母親は、お姉ちゃんたちのかさも用意していて
わたくしとは反対の方向の学校へ向かっていった。

そのことがわたくしにはせめてもの救いだった。
母親と並んで歩いて帰るなど、ぜったいに嫌だったのだ。

「今の人、お母さん?」
友達が聞く。
「うん」
わたくしは、それ以上何も言いたくなかった。

もんぺ姿の母親を友達に見られたことが、
ずっしりと重くのしかかっていた。
母親はいつももんぺをはいて、汚ない格好をしていた。

母親はおしゃれな服など一枚も持っていなかった。
服を買うためのお金がないことも、
わたくしは息子ながらに知っていた。

わたくしが目覚めた時、母親はすでにもんぺ姿である。
わたくしが眠りにつく時、母親はまだもんぺ姿である。
もしかしたら、寝る時も、
もんぺをはいているのではないかと疑ったこともある。

母親のもんぺは、赤い模様があったが、
色あせて疲れているようだった。